ヒドラ

ヒドラ研究の歴史年表
1744 ヒドラの発見と動物学の基礎研究*(ヒドラの分類、ヒドラの再生、出芽の研究、移植実験、裏返しヒドラの作成**、ヒドラの行動研究等)。

*"Hydra and the birth of experimental biology-1744"(Lenhoff and Lenhoff) The Boxwood Press, CA.にスイスの動物学者Trembley、Abrahamの簡単な伝記と研究メモが記されている。
**藤澤敏孝(1996)遺伝 50(Np.9),67-69. の図1より。
1889 日本で初めてのヒドラの論文。Trembleyの裏返しヒドラの解釈の誤りを指摘*。
*石川千代松(1889)動物学雑誌 1, 277-280.
1969 ヒドラをモデルとした形態形成の位置情報理論を提唱*。
*Wolpert, L. (1969). J. Theoret. Biol. 25, 1-47.
1972 ヒドラをモデルとした形態形成の反応拡散モデルの提唱*。
*Gierer, A. and Meinhardt, H. (1972) Kibenetik, 12-30-39.
1977 ヒドラの遺伝学へのアプローチ*。多くの突然変異系統を分離。しかし、ゲノム当たりの有害遺伝子量が多く、遺伝学的分析が難しい。
*Sugiyama, T. and Fujisawa, T. (1977). Dev. Growth Differ. 19, 187-200.
1978 多能性幹細胞とその分化産物(神経、刺細胞等)を持たず、上皮細胞のみからなる上皮ヒドラ系統の作成*。
*Marcum, B. A. and Campbell, R. D. (1978). J. Cell Sci., 29, 17-33.
*Sugiyama, T. and Fujisawa, T. (1978). J. Cell Sci., 29, 35-52
 上皮ヒドラと突然変異系統間で、3細胞系譜(外胚葉上皮、内胚葉上皮、幹間細胞)を組み合わせたキメラを作成。どの細胞系譜がどのような形質を担っているかを解析**。例えば、ヒドラの再生には神経系は不要であることを明らかにする。
**Sugiyama, T. and Fujisawa, T. (1978). J. Cell Sci., 32, 215-232.
**Marcum, B. A. and Campbell, R. D. (1978). J. Cell Sci., 32, 233-247.
1981 ヒドラの頭部形成を促進するペプチド、Head activator (pEPPGGSKVILF)の単離*。
*Schaller, H. and Bodenmueller, H. (1981). Proc. Natl. Acad. Sci. U.S. 78, 7000-7004.
1992 ヒドラのホメオボックス遺伝子の単離*。
*Schummer, M., Scheurlen, I., Schaller, C. and Galliot, B. (1992). EMBO J. 11, 1815-1823.
1993 遺伝研発生遺伝研究部門を中心にしたヒドラのシグナル活性を持つペプチド分子の包括的分離プロジェクトの開始*。
*Takahashi, T., Muneoka, Y., Lohmann, J., deHaro, L.M., Solleder, G., Bosch, T.C.G., David, C.N., Bode, H.R., Koizumi, O., Shimizu, H., Hatta, M., Fujisawa, T. and Sugiyama, T. (1997). Proc. Natl. Acad, Sci. U.S. 94, 12451-1246

資料作成:藤沢敏

裏返しヒドラの話

200年以上前、スイスの動物学者A. Trembley先生はヒドラを発見し、再生、出芽、移植等、今日の発生生物学の基礎となる研究をしました。そのなかで、特に面白く、100年以上たって、やっと分かった実験を紹介しましょう。それはヒドラを裏返すとどうなるか、という実験です(図1)。いま、ヒドラを2重の靴下と考えて下さい。外側の靴下が外胚葉上皮層、内側が内胚葉上皮層です。その入り口に数本の触手が生えていますが、無視します。靴下を完全に裏返して下さい。内胚葉が外で外胚葉が内になりました。さて、ヒドラはどうなるでしょう?裏返しの靴下を脱ぐように、口がめくれ返って元に戻る?正解です。では、めくれ返らないようにピンを図の様に横に突き通したらどうなるでしょう?Trembley先生は突き通しているにもかかわらず、外内逆になり元通りになったと報告しました。どのようにしてそうなったかについて、現代生物学の知識のある人は次の2つ仮説を出すでしょう。(1)外胚葉が内胚葉に、内胚葉が外胚葉にそれぞれ変わる(分化転換する)。(2)外胚葉の細胞と内胚葉の細胞は元の場所を記憶していて、個々にすれ違って入れ替わる。1887年にNussbaumは、同様の実験をして観察した結果、針の作った組織の穴を通して内側に位置していた外胚葉細胞層が外側にはいだし、内胚葉細胞を覆うことによって元に戻ると結論しました。一方、石川千代松も1889年に同様の実験を行い、顕微鏡で注意深く観察を続けた結果、足先から裏返り、ピン(粗毛)の脇を通り抜けながら元に戻ること(図1)、戻らない場合は死んでしまうことを報告しています。現在ではNussbaum、石川、両者の観察したことが起きることが知られています。ちなみに、最近我々の研究室で全く別の目的で行った実験ですが、Nussbaumの見た外胚葉の細胞が内胚葉の細胞を覆う現象(エピボリー)を見出し、これがヒドラの再生の組織再構築に重要な役割を果たすと考えています。昔の顕微鏡はもちろんいまほどよく見えないにしても、正しい結論は注意深くかつ粘り強い観察によって得られるということはいまにも、或いはいまだからこそ重要な教訓に思えます。

裏返しヒドラ

原図、資料:藤沢敏孝

参考文献
  1. Sugiyama, T. (1983). Isolating hydra mutants by sexual inbreeding. In Hydra:Research Methods (ed. Lenhoff, H.M.), pp. 211-221. Plenum Publ. Co.,
  2. 藤澤敏孝(1998). 新規ホルモン探索の新戦略と腔腸動物のホルモン「ホルモンの分子生物学」第8巻 日本比較内分泌学会編学会出版センター pp.17-36.

資料作成:藤沢敏孝

突然変異系統の説明

図2.再生異常系統
上段列:野生正常系統(105)
中段列:頭部再生不能系統(reg-19)
下段列:双頭再生系統(nem-10)
縦列左より、切断前、切断直後、再生2日、再生4日、再生6日

切断前、切断直後、再生2日、再生4日、再生6日

図3.サイズの異常な系統
左より、正常系統(105)、mini-4、 maxi-1

図4.体幹部の異常系統
左より、多頭系統(mh-1)、体幹下半部よじれ系統(18℃飼育)、体幹下半部よじれ系統(23℃飼育)

多頭系統、体幹下半部よじれ系統、体幹下半部よじれ系統

原図、資料:藤沢敏孝

page top