遺伝現象を最初に法則として系統立ててまとめあげ、遺伝学の学問としての基礎を作ったのはMendel(1866)であるが、すでに述べたようにこの法則は1900年になって初めて、3人の独立した研究者によって再発見されたのである。これらの詳細は次の章で述べられるが、ここではそのあらましだけを述べることにする。
Mendelは修道院の庭にエンドウを植え、その種子の形や子葉、種皮の色、サヤの硬さや色、花の付く位置、茎の高さなど七つの形質を用いて交配実験をし、1866年「植物雑種の研究」という論文にまとめて、チェコスロバキアのブルノ自然科学誌に発表した(図1・2)。
Mendelの発見した遺伝法則は三つの法則よりなり、(1)優劣の法則(2)分離の法則(3)独立の法則である。このMendelの最初の論文は40部の別刷が作成され、その1部が日本にもあり、現在、静岡県三島市にある国立遺伝学研究所に保管されている。
「基礎遺伝学」(黒田行昭著;近代遺伝学の流れ)裳華房(1995)より転載
- 優劣の法則
生物のある1対の形質(たとえばエンドウの種子の形が滑らかで全体が丸いものと、シワが寄って角ばっているもの)をもつものを交配すると、雑種第一代(F1)では、すべてが両親のどちらか一方の形質のもの(表面が滑らかで丸いもの)のみが生じ、他の親の形質のもの(シワが寄って角ばったもの)は現れてこない(図1・3)。このような雑種第一代で現れる形質を優性(dominant)といい、現れない形質を劣性(recessive)という。雑種第一代では優性の形質のみが現れ、劣性の形質が現れない現象を優劣の法則(law of dominance)という。エンドウの七つの形質にはすべて優性のものと劣性のものとがある。
この現象を遺伝子で説明すると、表面が滑らかで丸い形質を支配する遺伝子をA、シワが寄って角ばった形質を支配する遺伝子をaとする。両親の体の細胞には、同じ染色体が2本ずつペアで存在するので、遺伝子も2個ずつ存在し、AAおよびaaの遺伝子が存在する(これを遺伝子型という)。この両親から生殖細胞(花粉または胚珠)ができるときに染色体が半減し、遺伝子もAまたはaが一つずつ生殖細胞に分配される。この生殖細胞どうしが受精すると、雑種第一代(F1)はAaという組合せになり、Aはaに対して優性で、F1の個体はすべてAの形質を現す。- 分離の法則
雑種において、丸とシワのような対立形質を支配する遺伝子(対立遺伝子)は相互排他的に配偶子に分配され、各々の配偶子は一つの対立遺伝子のみを持つことを分離の法則という。つまり、
それぞれの対立形質は1対の対立因子(現在では対立遺伝子とよばれている)によって支配されていて、その一方は受精のさい雄親から、他方は雌親から由来したものである
引用:「遺伝学辞典」(田中信徳監修)共立出版(1977)
なお、分離の法則の説明として、下記のように雑種子孫に生じる遺伝型や表現型の分離をいう場合もある。
この実験で得られた雑種第一代(F1)どうしを交配すると、雑種第二代(F21)に表面が滑らかで丸いもの(遺伝子型はAAまたはAa)と、シワが寄って角ばったもの(遺伝子型がaa1)とが3:1の比で生じる。このように雑種第一代では現れなかった劣性の形質が雑種第二代で分離して現れる現象を分離の法則(law of segregation)という。
これは、F1個体から生殖細胞ができるときに、花粉も胚子もAまたはaの遺伝子が1個ずつもったものが同じ数だけ生じ、それらが互いに受精して生じたF2個体ではAA:Aa:aaが1:2:1の比で生じ、Aはaに対して優性なので、表面が滑らかで丸いものと、シワが寄って角ばったものとの比は3:1となるからである。引用:「基礎遺伝学」(黒田行昭著;近代遺伝学の流れ)裳華房(1995)
後者はむしろ現象としての分離に着目したものであり、前者はメカニズムに着目した説明と言える。メカニズムに着目した説明の方が、「法則」としては優れているような気もするが、メンデルの著作「雑種植物の研究」の「雑種のその後の世代」の章において、『雑種の子孫は、毎世代において、2:1:1の比率で雑種型と定常型に分離される(theilten sich)』と書かれている。したがって、表現型が別れることを分離と呼ぶことを間違いとは言えない。現在のメンデルの法則は、メンデル自身が体系的に提唱した訳ではなく、後世の研究者がまとめたものであり、したがって異なった解釈が生じうるのだ。
(文責:北野潤)
- 独立の法則
上に述べた二つの法則は、優性と劣性との1対の形質(これを対立形質という)についての法則であるが、2対以上の異なった形質の遺伝様式に関する法則が独立の法則(law of independence)である。
たとえば、エンドウの種子の形と子葉の色という二つの形質について、種子の形が滑らかで丸く(AA)、子葉が黄色のもの(BB)と、種子の形がシワが寄って角ばり(aa)子葉が緑色のもの(bb)とを交配する(図1・4)。
両親の遺伝子型はそれぞれAABBとaabbで表される。生殖細胞は、それぞれABとabとになり、これらの受精によって生ずるF1個体はAaBbとなりAはaに対して優性、Bはbに対して優性なので、F1個体はすべて種子が滑らかで丸く、子葉は黄色になる。
このF1の生殖細胞は、花粉も胚珠もともにAB、Ab、aB、ab、という4種の生殖細胞になるので、これらの受精によって生じるF2個体は、種子が滑らかで丸く、子葉の黄色のもの(遺伝子型はAABB、AaBB、AABb、AaBb)、種子が滑らかで丸く、子葉が緑色のもの(AAbb、Aabb)、種子がシワが寄って角ばり、子葉が黄色のもの(aaBB、aaBb)、および種子がシワで角張り、子葉が緑色のもの(aabb)が9:3:3:1の比に生じる。
このことは種子の形を支配する遺伝子Aまたはaと、子葉の色を支配する遺伝子Bまたはbとは、それぞれ他の遺伝子の影響を受けることなく、独立して生殖細胞に分配されることを示している。後で述べるように2対の対立形質を支配する2対の遺伝子が連携して(連鎖という)、一緒に行動をともにする現象が見つかり、Mendelが遺伝の法則で取り上げた七つの対立形質は、いずれもそれぞれ別々の染色体上に座上していたために、この独立の法則の発見につながったのである(※)。同じ染色体に2対の対立形質を支配する遺伝子が存在する場合は、この二つの遺伝子は染色体と行動をともにし、一緒になって子孫に伝わることになる。このメンデルの法則については3章でさらに詳細に述べられる。
※現在の解釈では、7種の形質のうち、3ヶは別々の染色体に乗っていることが明らかになっているが、4ヶについては、2ヶずつ同一の染色体に乗っているということが想定されている。また、7種のうち5ヶは遺伝子が確定しているが、2ヶはメンデルの遺品が失われるなどによって不明確である。これらのことから、7種類の形質全てが別々の染色体に乗っているということはないと考えられている。
参考文献:Noel Ellis et al., “Mendel, 150 years on”, Trends in Plant Sci.(2011).「基礎遺伝学」(黒田行昭著:近代遺伝学の流れ)裳華房(1995)より転載