染色体DNAの複製
- 染色体DNAの複製開始
真核生物の細胞は、その増殖の際にG1、S、G2、Mという4つの時期を正確にまわります。これを細胞周期とよびます。真核生物の染色体複製はこのS期にただ1度だけおこります。
1998年ブロウとラスキーは、カエルの卵を用いた実験からこの現象を説明するのにライセンス因子の存在を予想しました。1995年ブロウと滝澤は独立に、複製ライセンス因子の一部がMcmとよばれるタンパク質であることをつきとめました。
以下に、現在考えられている染色体複製開始の機構を簡単に説明します。M期の後期からG1期に複製開始点にCdc6を介してMcmを含むタンパク質複合体が形成されます。その後、S期になるとタンパク質をリン酸化するCdc28/Clbキナーゼが活性化されます。このキナーぜのターゲットが何であるかはわかっていませんが、染色体複製にとってその活性が必要である。また、Cdc7/Dbf4というキナーゼがMcmをリン酸化し、活性化させることで染色体複製が開始します。その際、Dpb11、Sldといったタンパク質が、DNAポリメラーゼなどの酵素を複製開始点に導き、DNA合成がおこると考えられています。名前の説明
ORC (Origin Recognition complex):出芽酵母の複製開始点に結合するタンパク質複合体。
CDC6 (Cell Division Cycle):出芽酵母の細胞周期変異株として同定。Mcm複合体の複製開始点への結合に関与。
MCM (MiniChromosome Maitenance): 各々相同性をもつMCM2-MCM7の6つの因子が知られている。複製の開始に必須な複製前複合体の構成因子で、複製ライセンス化因子の実体。
CDC7 (Cell Division Cycle):Dbf4と複合体を形成しタンパク質リン酸化酵素として働く。Mcm複合体を基質とし、複製開始に重要。
DBF4 (Dumbbell Former):Cdc7のタンパク質リン酸化活性を制御する因子。
CDC45 (Cell Division Cycle):出芽酵母の細胞周期変異株として同定。Mcmと遺伝学的に相互作用する因子。S期にMcmと複合体を形成する。
DPB11(DNA Polymerase B subuyunit):DNAポリメラーゼII(ε)と遺伝学的に相互作用する因子として同定。染色体複製の開始と細胞周期チェックポイントに関与。
SLD (Synthetic Lethality with Dpb11-1):Dpb11と遺伝学的に相互作用する因子として同定。
POL (DNA Polymerase):DNA合成活性をもつ酵素。真核生物では3つのDNAポリメラーゼI(α)、II(ε)、III(δ)が染色体複製には必要。
RF-A (Replication Factor A):1本鎖結合タンパク質。染色体複製の際生じる1本鎖DNAに結合し安定化する因子。DNA組み換えやDNA修復にも関与。
RF-C (Replication Factor C):5つのサブユニッとからなり、ドーナツ型のPCNAをDNAの3'末端に結合させる活性をもつ。また、細胞周期チェックポイントにも関与。
PCNA (Proliferating Cell Nuclear Antigen):3量体によりドーナツ型の構造をとる。DNAを囲むことでDNAポリメラーゼが合成中にDNAから解離することを防ぐ。
RAD53 (Radiation sensitive):細胞周期チェックポイントに関与するタンパク質リン酸化酵素。原図、資料:上村陽一郎、荒木弘之
- 染色体DNAの複製伸長
染色体DNAは2本の鎖がより合わさった構造をとっていて、ヘリカーゼがDNA合成に先立ちこの2本鎖を1本鎖にほどきます。DNA合成の活性をもつ酵素はDNAポリメラーゼであり、真核生物では染色体複製に3つのDNAポリメラーゼI(α)、II(ε)、III(δ)が必要です。
DNA合成が開始するには、ヘリカーゼによりほどかれた1本鎖部分に、DNAポリメラーゼI(α)/プライマーゼ複合体が結合し、RNAプライマーと短いDNAが合成されます。
5つのサブユニットからなるRF-Cは、この新しく合成されたDNA鎖を認識し、3量体からなるPCNAが鋳型DNAをドーナツ状に囲む反応を促進します。最後にDNAポリメラーゼII(ε)またはDNAポリメラーゼIII(δ)が、PCNAを介してDNA鎖を伸長します。原図、資料:上村陽一郎、荒木弘之
- S期と細胞周期チェックポイントとの関係
遺伝情報を正確に次の世代に伝えるためには、染色体複製が正確に完了することが必須です。もし何らかの原因でDNA複製が遅れたときには細胞周期を停止し、複製の完了を待つしくみがあり、これがDNA複製チェックポイントです。
現時点では、少なくともRF-CとDpb11が複製の遅れを認識し、Rad53キナーゼを介して細胞周期を停止させていると考えられています。参考文献
教科書的なもの:
松影昭夫著「DNA複製とその制御」(東京大学出版会)
Arthur Kornberg, Tania Baker,「DNA replication」(W.H. Freeman and company)
総説:
実験医学“特集:細胞周期のチェックポイント”Vol.16, No.9 (1998)
実験医学, Vol.17, No.5, 116-141 (1999)原図、資料:上村陽一郎、荒木弘之