色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション |
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3.2 色盲お助けグッズ 上記のような「治療」と呼ばれる方法を用いなくても、色の違いを弁別したり色名を同定したりする作業をある程度助けてくれる器具やソフトウェアが存在する。 A:赤と緑のセロファンを用いた矯正メガネ 常時装用するのでなく、特に色の見分けが必要なときにだけ取り出して使えればよいのであれば、高価な赤緑色盲矯正メガネはまったく必要ない。数十円で買える赤と緑のセロファンを小さく切って財布に入れておき、赤や緑が見分けにくいときにそれを透かして対象を見ればよい。ステレオ写真に使う赤と緑の立体メガネは、この目的に便利である。赤のセロファンを通して見たときは赤系が明るく、緑系が黒くなり、緑のセロファンを通して見たときは赤系が暗く、緑系が明るくなる。裸眼ではほとんど区別ができない黄色と黄緑も、黄色は赤のセロファンでも緑のセロファンでも明るさに差がないのに対し、黄緑は赤のセロファンでだけ暗く見えるので、容易に区別できるようになる。 B:バリアフリー蛍光顕微鏡励起光バランサー 連載 第2回 2.2節F でも述べたが、赤緑色盲の生物学者にとって赤と緑の蛍光二重染色の観察は非常に困難である*11。特に赤と緑の蛍光を同時に観察するためのデュアルバンドフィルターを装着した蛍光顕微鏡を用いて肉眼で標本を観察しようとすると、赤と緑が重なった黄色の部分と緑色単独に染まっている部分を見分けることができない。このため赤緑色盲の人が赤と緑の蛍光二重染色を観察するときは、単色用フィルターキューブで赤と緑を別々に観察することになる。だがフィルターキューブを交換する間に注目していた細胞を見失いやすく、同じ細胞が赤と緑に同時に染色されているのか、隣り合わせの細胞が赤と緑に別々に染まっているのかがなかなか判定できない。
Photoshop などを使って赤と緑の蛍光画像を見る場合、赤チャンネル (コマンド1) と緑チャンネル (コマンド2) をキーボードショートカットでパタパタと高速で切り換えることで、色覚に頼らなくてもシグナルの分布を比較することができる (図2A)。同じように顕微鏡でも、標本を見続けた状態で赤か緑どちらかの蛍光強度を素早く変化させられれば、どの部分がどちらの蛍光色素で染まっているかを確認できるはずである。 オリンパスの蛍光顕微鏡は、投光管の中に励起光バランサーと呼ばれるフィルターを挿入することが可能で、このフィルターの角度を変えることによって励起光強度が最大になる波長域を変化させることができる (図3A)。標本中の蛍光物質は、励起光の波長が吸収極大波長とよく一致していれば強い蛍光を発するが、波長がずれると弱くしか発光しない (図3B)。励起光バランサーはこの性質を利用して、2つの蛍光ラベルに極端な蛍光強度の差があった場合に、一方の光を弱めてバランスを取って観察できるように開発されたものである。しかしこの装置を使うと図2B のように細胞から眼を離すことなく、レバーをパタパタと倒すだけで赤と緑の蛍光の強弱を素早く変化させることができる。これによって赤緑色盲の人でも細胞が赤と緑のどちらに染まっているのかが容易にわかり、蛍光顕微鏡観察の色覚バリアフリー化に非常に優れた効果を発揮する。 C:コンピューターを用いた色の差の強調技術 コンピューターを使うと、矯正メガネや色セロファンでは不可能な複雑な演算処理を色情報に加えることができる。色盲の人に区別しにくい色相の差を区別しやすい明度や彩度の差にうまく置き換えられれば、色の弁別が楽になるかもしれない。このような技術はまだ発展段階の初期にあるが、1つの例が「ドルトナイザー」というソフトとして公開されている(http://www.vischeck.com/daltonize/)。現状では処理によって物体の明るさや色あいがどうしても大きく変化してしまうため、変換した絵を見るにはかなりの慣れが必要である。今後の発展に期待が持てるアプローチではあるが、矯正メガネと同様限られた状況下で限られた範囲の色を見分けるための、補助具以上のものだとは考えないほうがよいだろう。 D:物体の色名を知らせてくれる機械
連載 第2回 2.2節K で述べたように、色盲の人は色の弁別よりも色と色名の対応づけ (色の同定) のほうに、より大きな困難を感じる。通常の場合は、色名でコミュニケーションする必要に陥ることをなるべく避けるよう会話を導いたり、必要なら近くにいる色盲でない人に何色に見えるかを聞いたりすることで対処できるのであるが、どうしても自分で色名を調べたい場合もある。こういうときに便利なのが、目が見えない人に対して色を音声で伝えるために開発された携帯型色識別装置「カラートーク」 (図4) である(http://www.hokkei.co.jp/c_1.html)。 この機械は、色を調べたいものを装置裏面の直径 6mm の窓に押しつけると、内蔵の白色 LED で対象を照明し、反射光の RGB 成分を測定して、測定値に相当する色名を JIS 規格 Z8102 の「物体の色名」のJIS 一般色名 (系統色名) に従って音声で知らせてくれる。色名は、簡易モードで 31通り、詳細モードで 220通り設定されている*12。 この機械は周囲の照明状況に関係なく高い精度で色を判別できる反面、機械自身が持つ光源と反射光との差を測定しているため、衣類や紙など測定窓に密着でき、直径
6mm 以上の面積を持つものでないと測色できない。照明が届かない遠くの物体や、光源の色や液体の透過光の色を測定することはできない。 E:画面の色名を知らせてくれるソフトウェア インターネットからダウンロードした図版やデジタルカメラ (デジカメ) で撮影した写真など、電子画像のどの部分が何色なのかを見分けたいという需要も大きい。この目的に便利なのが、Macintosh 用の「Xproof」(http://www.colorfield.com/xproof/)や Windows 用の「色々の色」(http://www.hikarun.com/w/)など、マウスカーソルで指した画面の部分の RGB 値を読み込み、対応する色名を表示してくれるソフトである。Xproof はJIS 一般色のアメリカ版に相当する NBS/ISCC 色規格に、「色々の色」はマイクロソフト社のカラーパレットや、ホームページの HTML 記述などに使われる X11 カラーセット(http://www.mcfedries.com/books/cightml/x11color.htm)に準拠して色名を表示する。 物体をデジカメで撮影し、パソコン画面に表示してこれらのソフトを用いれば、カラートークでは対応できない小さなものや光源、遠くの物体の色名も調べることができる。ただし専用の照明を備えたカラートークによる測色と違い、デジカメではカラーバランスの調節を誤れば、いくらでも間違った色名を表示しうる。あくまで「目安」としての利用と考えたほうがよい。一方、PDF ファイルに表示されたグラフの色や、ホームページに表示されたボタンの色などを調べるには、これらのソフトの有効性は高い。 F:機械による色名表示の限界 「カラートーク」にせよ「Xproof」や「色々の色」にせよ、RGB の分光比率から機械的に色名を割り出している。JIS 一般色名やアメリカの NBS/ISCC 規格ではすべての色に対して体系的に色名を付けられるようになっているが*12、その色名は「あざやかな明るい赤みの黄赤」のような、論理的ではあるが実用的とは言いがたいものになってしまう。JIS では「えんじ色」や「エメラルドグリーン」などより一般的な色名に対して、それに相当する代表的なマンセル値を列挙した「JIS 慣用色名」も用意されている (http://www.colordream.net/jiscolor1.htm)。しかしこれら普通の色名は、すべての色空間を体系的にカバーするようにはなっていない。人間であればカテゴリーの境界に当たるような微妙な色あいでも物体の材質や会話の流れに即して適切な色名を選ぶことができるが、これは機械には不可能である*13。 また人間は日常的に、同じ色に対して状況や文脈に応じて様々な色名を使い分けている。例えば「肌色」に対応する JIS 一般色名は「うすい黄赤」で、一部の文房具会社のクレヨンでは「はだいろ」は「ペールオレンジ」に置き換えられている。しかしだからといって「あなたの顔はオレンジ色ですね」と言ったら、相手は多分驚くだろう。人間なら当然できるこのような色名の使い分けは、機械には難しい。 さらに人間の脳は、眼に入る RGB の分光比率が太陽光と白熱灯など照明によって大きく異なる場合でも、それを補正して同一の色名を判定する能力を持つ。このような複雑精妙な色覚情報処理に関しては多くの研究者が活発な研究を行っている最中であり、わずかな手がかりが得られただけでも一流学術雑誌に論文が掲載される状況である。現状では色名同定のメカニズムが十分解明されているとは到底言い難い。我々生物学者はこのような状況をよく承知している以上、100年後はともかく少なくともここ数十年は、機械による色名表示に過大な期待をかけるわけにはいかないだろう。
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細胞工学Vol.21 No.9 2002年9月号[色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション]
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