色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション |
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3.4 蛍光染色画像や DNA アレイの画像などデジタル情報の表示 つい数年前までは、多色の染色標本を撮影するにはカラーフィルムを用いるしかなく、自分でカラー現像する設備を持っているのでないかぎり、画像の色を変えるなどということはできない相談であった。しかし最近は急速に画像処理のデジタル化が進み、共焦点レーザー顕微鏡や CCD カメラで標本を撮影し、手元のコンピューターで自在に色を操れるようになった。このことは、標本の元来の色にかかわらず、工夫次第で見やすい色遣いを選べるようになったと言うことである。 A: 1チャンネルの蛍光画像は白黒のグレースケールで
1種類の蛍光色素でラベルした標本には、単色の画像情報しか含まれていない。しかし FITC や GFP の単一ラベルを緑のカラー写真で掲示したり、Rhodamine や DsRed のラベルを赤のカラー写真で掲示したりしているポスターや論文は、非常にしばしば見うけられる。このような写真では、色は撮影に使った波長を示すだけの意味しかない。それを白黒でなくカラーで掲示した場合、実は 2つのデメリットがある。 第1 のデメリットは、単色のカラー蛍光写真は色覚のタイプによっては非常に見にくいと言う点である。黒背景における赤の画像は、長波長領域の光を認識できない第1色盲の人にはほとんど見えないし、青の画像は色盲でない人にも暗く見にくい (図5)。 第2 のデメリットは、蛍光ラベルの赤、緑、青の色は印刷すると階調が飛んでしまうという点である。テレビモニターではこれらの色は鮮やかに表示されるが、論文の印刷ではこれら光の 3原色は単独のインクではなく、赤はマゼンタと黄色、緑は黄色とシアン、青はシアンとマゼンタという混ぜ合わせで表現される。混ぜ合わせたインクでは、彩度が高く明るい鮮やかな色はどうしても再現できない (図16C)。特に緑においてはその限界が著しい。結果として白黒に比べカラーの単色写真では、明るい部分や暗い部分が大きく潰れてしまう (図6、18)。白黒なら 90%と 100%でも十分にシグナル強度の差を再現できるが、緑では 60%程度ですでにシグナルが飽和してしまい、100%との差がわからなくなる。染色の強度分布をなるべく正確に伝えたい学術写真では、この欠陥は致命的である。 以上から、単色の写真画像は見栄えはよいが表現精度に劣るカラーでなく、白黒のグレースケールで掲示するのが、すべての人に見やすく、明暗の情報を精度良く正確に伝えられるので最善である。撮影に使った波長は写真のカラーで示すのでなく図版説明
(figure legend) の記述だけでさりげなく示すようにしたほうがよい*17。 B: 2チャンネルの蛍光画像は、赤と緑でなくマゼンタ(赤紫)と緑の組み合わせで
蛍光二重染色や DNA アレイ (マイクロアレイ) など 2つのチャンネルの情報を重ね合わせて掲示する場合、これまでは一般的な蛍光色素の色にあわせて、各チャンネルの情報を「赤と緑」で表現することが慣例となっていた。赤と緑が重なった部分は黄色で表示される (図7A)。しかしシミュレーション画像 (図7B) でもわかるように、赤緑色盲の人には黄色と緑の部分がほとんど区別できない。さらに第 1色盲では赤の部分も暗くなる。顕微鏡写真では、どの部分で 2つの蛍光ラベルが重なっているのかがわからないし、DNA アレイではどこで発現変化が見られたのかがわからない。 これらの問題を解決するには、赤の代わりにマゼンタ (赤紫) を用いた「マゼンタと緑」の組み合わせを用いると絶大な効果を発揮する (図7C)*18。これだと色盲の人でも、2つのチャンネルのシグナル分布をよく理解できる (図7D)。CCD カメラや共焦点レーザー顕微鏡など蛍光撮影装置の多くがデジタル化し、各チャンネルの色を自由に選べるようになった現代では、使用した蛍光色素の色にこだわる必要はない。元々の色に関係なく、読者や聴衆に一番区別しやすい色を選んで掲示すべきである*19。この点からも2 チャンネルの蛍光画像には、ぜひマゼンタと緑の組み合わせを使っていただきたい*20。 TIFF や PICT、BMP 形式などで保存された既存の「赤緑」画像を「マゼンタ緑」画像へ変換するのは、非常に簡単である。RGB
表示における赤チャンネルの絵を青チャンネルにコピーするだけでよい (図8)。Photoshop の場合、「赤チャンネルだけを表示(コマンド1)→すべてを選択(コマンドA)→コピー(
コマンドC)→青チャンネルだけを表示( コマンド3)→ペースト( コマンドV)→ 全チャンネルを表示(コマンド ^ )」という一連の操作 〔Macintosh
は(コマンド)キー、Windows はCTRL キーを押しながら 1AC3V^と叩く〕で、わずか数秒で変換することができる。
C: 各社の顕微鏡の疑似カラー表示をマゼンタと緑に設定する方法 色盲の人にとっては、観察を始める段階で各チャンネルの疑似カラーをマゼンタと緑に初期設定しておくほうが便利であるし、普段疑似カラーをつけた画像を保存しているユーザーも、Photoshop でなく顕微鏡付属のソフトで色を変換するほうが便利な場合もある。そこで主な共焦点レーザー顕微鏡やデジタル画像処理が可能な蛍光顕微鏡のソフトウェアを使って、疑似カラーにマゼンタを選択する方法を表2 に紹介する (会社名の50 音順)。 D: 3チャンネル以上の画像は、赤緑青などの組み合わせ写真に加え、各チャンネルの白黒グレースケール画像か、数種類の「マゼンタと緑」を並べて表示 蛍光三重染色で 3チャンネルの画像を掲示する場合、赤緑青の各チャンネルの色に加え、そのうち 2色が重なり合った部分 (赤と緑で黄色、赤と青で紫、緑と青で水色)、さらに 3色が重なった部分 (白色) の 7色を見分ける必要がある。これは色盲でない人にも本来は無理な話であり、3チャンネル画像は一見カラフルで情報豊富に見えるが、見る人に正確に伝えられる情報量は実際にはむしろ少ない。4 チャンネル、5チャンネルの多色画像ではなおさらである。 全体像を示すため、全チャンネルの組み合わせ写真は当然必要であろうが、赤緑色盲の人にはそのうち赤と緑の画像は見分けがつかない。ぜひチャンネルごとの写真を、別に並べて掲示していただきたい。
その場合には 2種類の考え方がある。各チャンネルの画像のパターンの違いに興味がある場合や、各シグナルの強度分布を忠実に掲示したい場合には、組み合わせ写真に加えて各チャンネルの白黒グレースケール画像を別に示すと効果的である (図9A) *21。一方特定の 2つのチャンネルのシグナルの分布関係に特に興味がある場合 (例えばタンパク質 A と B の局在の相関と、A と C の局在の相関を知りたい場合) には、全体の組み合わせ写真に加えてA と B、A と C の 2つの組み合わせについて、マゼンタと緑の組み合わせで 2チャンネル画像を掲示するほうが効果的である。 培養細胞の蛍光三重染色では、赤と緑で注目している 2種類のタンパク質をそれぞれ染め出し、さらに核を青で掲示しているものが多い。実際に重要なのは赤と緑で示している抗原の極在の相関なのだから、この
2つだけをマゼンタと緑で示し、細胞の位置を示すために各抗原と核染色のマゼンタ緑画像を別に示すとよい (図9B) *22。これによって発表者が最も正確に伝えたい情報をすべての人にわかりやすく示すことができる。 E:蛍光以外の標本の場合 蛍光ラベルでない組織化学的な染色でも、色盲の人に一部の色が見づらいのは事実である。しかしシグナルの強弱の情報だけしか存在しない蛍光標本に比べ、明視野やノマルスキー検鏡法で観察する染色標本では組織の輪郭や形態など様々な情報を色情報に加えて利用できるので、色盲の人が感じるハンディキャップはそれほど大きくはない*23。蛍光標本と異なり組織化学染色の標本では、情報が RGB の各チャンネルに明確に分離しているわけではないので、CCD カメラで取得した画像の色をコンピューターで変換処理するにも限界がある。この点も考えると、蛍光以外の標本においては、図版の作成に当たって色覚バリアフリー化のために配慮すべき点は特にない。 F:図版説明における注意 図版説明 (figure legend) の作成に当たっては、配慮が必要な点が 1つある。組織化学染色の色や濃淡の差は色盲の人にも弁別できるとは言っても、どこが何色に染まっているかという色名の同定に関しては、色盲の人には大きなハンディがある。「赤く染まった細胞が○○、茶色が××。」のように色だけで対象を指定して説明すると、それがどこを示しているのか相手に伝わらないことが多い。図版に矢印などを加え、「太い矢印で示した赤い大きな丸い細胞が○○、細い白抜き矢印で示した茶色の小さい細胞が××。」のように、色と重複させて記号や形態描写で対象を指定すると、非常にわかりやすくなる。
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細胞工学Vol.21 No.9 2002年9月号[色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション]
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「色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション」 |
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