色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション
 
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第1回 色覚の原理と色盲のメカニズム

1.5 色盲 (color blindness, color vision defects) の起こるメカニズム

各オプシン遺伝子に変異が生じると、各視物質の遺伝子が発現しなくなったり、発現はしても視物質の分光吸収特性が大きく変化したりして、2色型色覚 (dichromacy、いわゆる色盲) や異常 3色型色覚 (anomalous trichromacy、いわゆる色弱) になる* 5。赤オプシン遺伝子の変異によるものを第 1色盲 (protan、色盲の人たちを指すときは protanopes)、緑オプシン遺伝子の変異によるものを第 2色盲 (deutan、色盲の人は deuteranopes)、青オプシン遺伝子の変異によるものを第 3色盲 (tritan、色盲の人は tritanopes) と呼んでいる*6。日本人男性においては、第 1色盲が約 1.5%、第2色盲が約 3.5%、第3色盲が 0.001%存在する。赤と緑の視物質は吸収スペクトルの重複が大きいので (図1)、どちらが異常になっても似た症状になる。これらは赤〜緑の波長域で色の差を感じにくくなるため「赤緑色盲 (red-green color blindness) 」と総称される。これに対し第 3色盲は、黄色〜青 の波長域で色の差を感じにくくなるため「青黄色盲 (yellow-blue color blindness) 」と呼ばれる。

原因遺伝子が常染色体に存在し、劣性遺伝でホモ接合体しか表現型を生じない第3色盲はその頻度が数万人に 1人であるのに比較して、ホモ接合体が大部分を占める女性赤緑色盲の頻度は 500人に 1人 (日本人の場合) と著しく高い。しかもその中で、点突然変異によるタンパク質の機能喪失やプロモーター領域の変異による発現不全など、他の遺伝子でよく見られるような遺伝子内変異に該当する例は少ない。赤緑色盲のほとんどは、赤および緑オプシン遺伝子間の相同性の高さと 2つの遺伝子が隣接して配置していることから生じる、不等交叉による相同組換えによるものである14)。 X染色体には、通常赤オプシン遺伝子が 1コピー、その下流に緑オプシンが 1〜数コピー連続して並んでいる (図2、表1)。各錐体において発現するオプシン遺伝子は 1つであるが、興味深いことにオプシン遺伝子座に並ぶいくつかの遺伝子のうち、発現するのは上流の2つのうちのどちらかであり、3番目以降が発現することはない15)、16)。したがって通常は、最初の赤オプシンか、その後ろの緑オプシンの、どちらかが発現することになる。この遺伝子座で不等交叉による染色体間の相同組換えが起こると、図4 に示すように(1) 遺伝子欠失、(2) 遺伝子重複、(3) 赤オプシンと緑オプシンのハイブリッド遺伝子の形成、などの異常が生じる。この3種類の変異はどれも赤緑色盲を生じる原因となる。

図4. 不等交叉による相同組換えと色盲の成立
不等交叉により遺伝子欠失,遺伝子重複,ハイブリッド遺伝子の形成が生じる.A:遺伝子間において相同組換えが生じた場合,遺伝子欠失もしくは重複が生じる.B:緑オプシン遺伝子が複数あれば,図のような相同組換えが生じても色盲にはならない.C:遺伝子内で相同組換えが生じるとハイブリッド遺伝子を生じる.

図4A のような相同組換えが生じると、一方の染色体では赤オプシン遺伝子が欠失し、最初の 2つの遺伝子がどちらも緑オプシン遺伝子になってしまう。このような X 染色体を持つ人は赤錐体を作ることができず、緑錐体と青錐体しか持たないので 2色型色覚となり、強度の第 1色盲になる。もう一方の染色体では赤オプシン遺伝子が重複し、最初の 2つの遺伝子がどちらも赤オプシン遺伝子になってしまう。このような X 染色体を持つ人は、赤錐体と青錐体の 2色型色覚となり、強度の第2色盲になる。

欠失や重複は 2番目以降のオプシン遺伝子にも起こる。実際、緑オプシンの数には、1 〜数コピーと個人差がある6)、17)表1)。このことはこの遺伝子座が、相同組換えを頻繁に起こしてきたことを示している。多くの人は緑オプシン遺伝子を複数持っているので、2番目の緑オプシン遺伝子が欠失しても 3番目が 2番目の位置に繰り上がるだけで、色盲の表現型は生じない(図4B、ただし緑オプシンを 1つしか持たない人にこの欠失変異が起こると、この遺伝子座から緑オプシン遺伝子が失われ、赤オプシン遺伝子1つだけしか存在しないタイプの第2色盲になる)。2番目の緑オプシン遺伝子が重複する場合は、3番目以降の緑オプシンは実際には発現することはないので、やはり表現型には関係ない(図4B)。このような 2番目以降の遺伝子の欠失や重複は 1番目の欠失や重複と同等の頻度で起きていると考えられるが、表現型としては色盲にはならないわけである。

図5. ハイブリッド遺伝子とコードされる視物質の吸収極大波長
人工的にハイブリッド遺伝子を作製し培養細胞に導入して細胞膜の吸光度を測定したもの.ハイブリッドオプシンは赤オプシンと緑オプシンの中間的な性質を示す.実際にヒトから検出されるハイブリッド遺伝子では,第3 エクソンのみが異なるものや,第2 と第4 が異なるものなど,ここに示していない複雑なパターンのものが多い.図は山口朋彦: Practical Ophthalmology (2001) 4: 76-79 より改変.★はMerbs SL, et al: Science (1992) 258: 464-466 より,★★はAsenjo AB, et al: Neuron (1994) 12: 1131-1138 より引用.

相同組換えは遺伝子単位で起こるだけでなく、遺伝子の中間で起こることもある。図4C に示すような相同組換えが生じると、赤オプシンと緑オプシンが中間で組み合わさったハイブリッドオプシン遺伝子ができる。どのイントロンで組換えが起きたかによって、ハイブリッド視物質の分光吸収特性は赤視物質と緑視物質の特性の中間で段階的に変化する (図5)。これにより3色型色覚ではあるが正常とは異なった色覚特性を示す異常3色型色覚になり、赤視物質が緑寄りの吸収極大波長を示すハイブリッド視物質に変異した軽度の第1色盲や、緑オプシンが赤寄りの吸収極大波長を示すハイブリッド視物質に変異した軽度の第2色盲が生じる。図5 の 6列目や 12列目のようにハイブリッド視物質の分光吸収特性が非常に大きく変化して、もう1つの視物質とほとんど差がなくなってしまえば、眼には青視物質と合わせて実質的に2種類の錐体しかなくなってしまうので2色型色覚となり、強度の第1 または第2色盲になる。一方で、2、3 列目や 8、9 列目のようにハイブリッド視物質の分光吸収特性が少ししか変化せず、もう1つの視物質と十分に違っていれば、ハイブリッド遺伝子を持つにもかかわらず現行の色覚検査では「正常」と診断される(1.9 参照)。

X 染色体には多数のオプシン遺伝子が連続して並んでいるにもかかわらず、色覚に関与するのは最初の 2つだけだというメカニズムは、遺伝子型と表現型の不一致の原因にもなる。例えば第2色盲で最も頻度の高いのは、赤オプシン遺伝子、赤型ハイブリッド遺伝子 (第5エクソンが赤オプシン型でコードされる視物質は機能的に赤オプシンに近い)、緑オプシン遺伝子の順に並んでいるものであり、この場合たとえ 3番目に緑オプシン遺伝子があっても、それが発現することはない。このような人は PCR などで検査をすれば通常の緑オプシン遺伝子が検出されるにもかかわらず、表現型は第2色盲になる。また赤、緑、ハイブリッド遺伝子がこの順に並んでいる人は、PCR などでハイブリッド遺伝子が検出されるにもかかわらず、「正常3色型色覚」となる。赤緑色盲は単純な遺伝子検査では診断できない。

以上のように赤緑色盲は、単純に遺伝子の「野生型」と「突然変異型」の違いで説明できるようなものではなく、ヒト個体間で非常に様々なタイプが存在するポリモルフィズムの代表例である。3,000万年前になんとか 3色型色覚を復活させた我々の祖先も、3種類目のオプシン遺伝子の獲得が相同組換えによる遺伝子重複によったために、同じメカニズムによってこの領域の遺伝子配列、ひいてはそれによってもたらされる色覚のタイプに、多様性を作ってきたと思われる。

*5 色盲の程度を表す目的で,強度の「いわゆる色盲」と軽度の「いわゆる色弱」を区別することがあるが,この違いは,3 原色の光を適切な強度比で混合して提示された色と同じ色を再現させる「色合わせ法(等色法color matching)」という検査で規定されている11).大多数の人の色覚はすべての色を表現するために必要な原色数が3 つであることから,正常3 色型色覚と命名されている.錐体視物質が3 種類あるが吸収極大波長が通常と異なっている場合,色合わせ法ですべての色を表現するのに3 色必要であるものの,色合わせに必要な3 色の混合比が正常3 色型の人とは異なる.これを異常3 色型色覚と呼び, 「いわゆる色弱」に相当する.これに対し錐体視物質が2 種類しかないタイプの人は,3 原色のうち2 色を組み合わせれば提示された色と同じ色を再現できてしまう.(ただしこれは,被験者には同じ色に見えているという意味であって,3 色型の色覚の人から見ると黄緑と黄色のように違う色に見えたりする.)これを2 色型色覚と呼び,「いわゆる色盲」に相当する. しかしながら検査の現場では,手間のかかる3色の等色実験は後述のように実際にはほとんど行われておらず,1つの視物質遺伝子を完全に失っているかなど錐体の機能を直接的に調べているわけではないので,強度の異常3 色型色覚と2 色型色覚を区別するのは不可能である.また臨床の場では,当事者やその保護者の精神的な負担に配慮して「色盲」という言葉を用いることを避ける傾向があり,色盲と呼ぶべき症状でも「色弱だけどちょっと重い」「比較的強度な色弱」のような表現を使う場合がある.これは配慮の結果なのではあるが,眼科医に説明を受ける人にとってみれば言葉の定義を曖昧にさせてしまう.正式には単に「色弱」という言葉は疾患名としては使われず,必ず「第1 色弱」や「第2 色弱」のようにその質的情報を補い用いられるが11) ,この定義が一般に浸透しているとは言いにくい.ここでは以上のような混乱した状況に鑑み,すべての症状に対して色盲という言葉を統一して用いて,色盲の程度を議論する際にのみ,「いわゆる色盲」を「強度の色盲」ないし「2 色型色覚」とし,「いわゆる色弱」を「軽度の色盲」ないし「異常3 色型色覚」として表記する.

* 6 色盲を発見し1798 年に科学論文として最初に色盲を記載したのは,その名前が分子量の単位にもなっている有名な物理学者John Dalton (1766 〜 1844)である12).Daltonは彼自身や彼の弟が母親と異なる色の見え方をしていることに気が付き,この色覚特性に興味を持つ.そして,この色覚が遺伝すること,長い年月の間に症状が変化しないこと,女性に少ないことなど,当時その特徴をほとんど明らかにしたと言える.ダルトンは死後に自分の眼球を調べるように遺言を残したものの,解剖によって色盲の原因は明らかにならなかった.しかしその150年後の1995年に,保存されていた彼の眼球からオプシン遺伝子がクローニングされ,彼が第2 色盲であったことが明らかになっている13)

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細胞工学Vol.21 No.7 2002年7月号[色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション]
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