色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション |
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3.9 講義や授業に際して注意すべき点 読者の中には、将来大学や小中高校で講義や授業をする人が少なくないと思われるので、さらにいくつか注意点を挙げておく。 A:クラスには必ず色盲の児童・生徒・学生がいる 先天赤緑色盲は、男性 20人につき 1人は必ず存在する。男女半々の 40人学級ならば、各クラスに 1人は色盲の児童・生徒がいるという勘定になる。大学になれば講議に出席する学生の数はさらに多い。したがって本来は、すべてのクラスで、色盲の人にもわかる色覚バリアフリーな授業をすることが必要なのであるが、これがこれまですべての教師に徹底されてきたとは、残念ながら言いにくい。 従来は学校健診において、一斉に色覚検査が行われてきた。教師はどの児童・生徒が色盲であるかを検査によって把握することで、そのような生徒がいるクラスでは色覚バリアフリーを心がけるという建前になっていた*40。だが実際は、検査によって色盲と判定された生徒に一方的に対応を強いることになりがちで、色覚検査が授業の色覚バリアフリー化でなく、進路の制限など差別助長の一端となってきた面がある。そのため、学校での色覚検査*41は平成15年度から全廃されることになり、現在の小学校3年生より若い子ども達は、一斉検査を受けないことになる。 当然のことながら、色覚検査がなくなっても色盲の人が居なくなるわけではない。検査の廃止により、教師はどの児童・生徒が色盲であるかを把握することができないので、クラスに必ず色盲の生徒がいることを前提として色覚バリアフリーな授業を行う責務が生じてきた。色覚の一斉検査の廃止は、3.3節でも議論したように色盲は本人の側が独力で対処すべき問題ではなく、社会の側がそれに対応しなければならないことを意味している。 B:黒板の板書に関して 黒板の板書では、白チョークでは問題にならないが、明度の低いカラーチョークでは、黒や緑の黒板の色とチョークの色の色相の差をあまり感じられない色盲の人にとっては、見やすさが大きく悪化する。したがってカラーチョークを使う際は、明度の低い赤、青、緑はなるべく避け、明度の高い黄色のチョークを優先して使うのが望ましい。 特に赤チョークで板書された文字は、赤緑色盲の人にはほとんど視認できないことがある。最近ではこの対策として、朱色のチョークが「色覚異常対応カラーチョーク」として販売されるようになった (天神チョークhttp://www.tenjin-chalk.co.jp/eye.htm)。これにより赤チョークの視認性は以前よりも向上した。しかしそれでも緑の黒板や古い色褪せた黒板などでは、朱色であっても他の色よりはるかに見ずらい。「対応」という言葉を過信することがないようにしたい*42。 スライドやパソコン画像で使える赤や青や黄色に比べ、チョークの色はどうしても彩度が低い。どのような色を使っても、教室の照明の条件や生徒の色盲のタイプによっては、カラーチョーク間の区別が困難な場合がある。色を変えるだけでなく必ず下線や囲み線を併用して板書する必要がある。 以上から、板書に際しては次のような点に留意するとよい。
C:ホワイトボードの板書に関して ホワイトボードはどの色のマーカーでも文字が視認できるという点で、黒板より優れている。学校での板書器具は黒板でなければならないという規定はなく、すでにパソコン演習用の教室では埃がでないようにとホワイトボードが用いられている。通常の教室で黒板を使用しているのは長年の慣習に過ぎない。スライドや OHP、液晶プロジェクターを併用するうえでは、スクリーンとしても使用可能なホワイトボードのほうが使いやすいとも言える。新規に教室を設置する際は、なるべく黒板を廃し、ホワイトボードを用いることが望ましい。 色盲の人にとって、ホワイトボードの色マーカーは色チョークより視認しやすいとはいえ、黒、緑、赤マーカーで書かれた文字の間では色の区別が困難であることが多い。黒と対比するには青を優先して使うとともに、黒板の場合と同様、色分けの部分は下線や囲みなどでも区別できるようにし、色名を告げるといった配慮が重要である。 D:色の名前に関する重要な注意点 色盲の人の多くは、色を言い間違えて周囲に当惑された経験を持つ。これが私的な会話ならまだよいが、授業中に先生に指名されて色名を答えさせられ、それが間違いだと直された場合、生徒の心に与える傷は大きい。このようなことがいじめのきっかけになることも少なくない。どの生徒に対しても、特に大勢の前では、色名を尋ねることは絶対避けるべきである。 また、生徒に作業を指示する場合、「○○色のボールを取って」のように色だけで対象物を指定すると、色盲の生徒は間違える可能性が高い。実験や演習など他の生徒の前で何かをさせる場合などは特に、「右から3 番目の○○色のボールを取って」のように、場所や形も指定するよう心がけたい。 ワークシートなどで色を指示どおりに塗らせるような課題を出した場合、生徒が塗る色を間違える可能性も大きい。どんな色でも、塗り分けがされていれば可とすべきである。
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細胞工学Vol.21 No.9 2002年9月号[色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション]
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「色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション」 |
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