色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション |
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2.7 色覚シミュレーションの原理とソフトの紹介 同じ絵や図版が自分と異なる色覚の持ち主にどのように見えるかを想像するのは簡単ではない。「○○色が××色に見える」というような色名を用いた説明は誤解を招きやすい。ある色名をどの範囲の色に対して用いるかは正常3色型色覚であっても人によって微妙に異なるし、ましてや異常3色型や 2色型色覚の人ではその範囲にさらにずれがあることは 2.2節K で説明した。色名を絶対的概念であるかのように扱って説明する限り、理解は勘違いを重ねたものになりかねない。 一番効果的なのは、色盲の人の見え方をシミュレーションして自分の眼で体験することであるが、色の見え方の変化は複雑で、サングラスのようなメガネをかける方法では再現することができない。 精度の低い近似ではあるが、ある程度第1色盲の雰囲気を味わうことができるのは、「Photoshop」などを使って、赤、緑、青チャンネルのうち、赤チャンネルの表示を消してしまう方法である。これによって、本来白であった部分にもかなりの色が付いてしまうが、その画面を長いこと見つめ、色順応によってそこが白に見えるように眼を慣らした状態が、第1色盲の場合の見え方にある程度似ている*48。しかし第2色盲や第3色盲は、この方法ではシミュレートできない(2.6 節A * 21 参照)。 より厳密なシミュレーションを行うには、パソコンに取り込んだ画像の RGB の各成分を演算処理して、色盲の人が感じる値に変換するという複雑な処理が必要になる。色覚の厳密な定量的理解が未だ不十分である現状では正確なシミュレーションは非常に困難であるものの、かなり良い近似を示す変換式が発表されている10)〜 12)。 この方法では、まず画像の各ピクセル (画素) の R、G、B の値を、ガンマ値にしたがってモニターテレビの画面上での物理的輝度に変換する (2.6 節A の*22 参照)。この値を工業規格の規定に従って CIE 表色系での X、Y、Z 値に変換する*49。これをさらに赤緑青の 3種の錐体細胞が受けるであろう刺激の量 (3 刺激値 tristimulus) L、M、S に変換する。第1色盲の人では L に相当する赤錐体がないために、L の値がいくつであっても赤錐体からの出力はゼロになってしまう。しかし正常3色型色覚の人が (L、M、S) の値に感じる色が、第1色盲では L =0 の (0、M、S) になってしまうわけではない。第1色盲の人も白色光や 475nm の青色光は正常3色型色覚と同じに見えるとされており、もちろん黒 (0、0、0) は同じ黒に見える。これらの条件から連立方程式を解くと、第1色盲では (L 第1、M 第1、S 第1) = (2.02344M − 2.52581S、M、S) となる*50。同じように M に相当する緑錐体がない第2色盲では (L 第2、M 第2、S 第2) = (L、0.494207L+1.24827S、S) になる。この値に相当する XYZ 値を計算し、規格にしたがってそれをモニター画面の R,G,B 輝度に逆変換し、その輝度に相当する画像データの R、G、B の値を逆算すれば、変換は完了する。 この数式にしたがって画像を変換してくれるソフトも市販されている。「Colorfield Insight」 このシミュレーションを解釈する際には、3つの注意が必要である。1つは、この方法は 3種の錐体のうち 1つの出力をゼロとした、完全な 2色型色覚をシミュレートしているという点である。異常3色型色覚では、見え方はこのシミュレーションと正常3色型色覚との中間になる。 もう 1つは、画像データの RGB 値から XYZ 色度値への変換は、特定の規格にしたがって厳密にキャリブレートされたモニターが前提になっているということである。ガンマ値やテレビ蛍光体の規格が異なる機材や、キャリブレートが不十分な機材を使った場合、色あいは変化してしまう。もちろん RGB 値から CMYK 値に変換して印刷すると、色は大きく変化する。 最後の点は、このシミュレーションは錐体の出力というレベルでの違いしか考慮に入れていない点である。2色型色覚の人は、ある程度の暗さであれば2種の錐体に加えてそれらとは極大吸収波長が異なる杆体からの出力を色認識に利用して、不完全ではあるが 3色型色覚になっているという説もある。また 2.2 節H に述べたように、赤緑色盲の人には色盲でない人よりも青を明るく感じる傾向がある。錐体細胞が2 種類しかないことに対応して脳で調整されたこれらの後処理による影響は、シミュレーションには反映されていない。 しかし各種の色盲の見え方をかなり高い精度で再現し、色盲でない人にイメージしてもらうことが可能になったという点で、これらのシミュレーションソフトは画期的である。これなくしては本連載のような企画は不可能であったと言ってもよい。自分が作成した画像をシミュレーションソフトで変換して、各種の色盲の状態でも必要な色が見分けられるようにデザインできていれば、それは 2色型色覚だけでなく異常3色型色覚の人にも、また色盲でない正常3色型色覚の人にも、必ず色が見分けられるバリアフリーな画像が達成できているということになる。ぜひご活用いただきたい。 今回は、様々な色覚特性における色の見え方について紹介した。ふだん見ている色が万人に共通に同じように見えるわけではないこと、色名を使ってコミュニケーションすることが案外難しい問題を含む課題であることが、おわかりいただけただろうか。次号では、このような状況に対して色盲の人の色覚特性を「矯正」したり「治療」したりするためになされてきた努力をまず紹介する。そしてそのような方向での解決が現実的でない情況において、実際にどのような点に配慮すれば色盲の人にも色盲でない人にも、色覚の特性にかかわらずわかりやすいプレゼンテーションをすることができるのか、そのために必要なポイントを順序立てて説明する。
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細胞工学Vol.21 No.8 2002年8月号[色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション]
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「色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション」 |
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