色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション |
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1.8 色覚検査 基本的な色覚のメカニズムと視物質の分子遺伝学について紹介してきたが、上記のように色盲は単純な PCR 検査などでは判定できないし、実際の検診でも心理物理学的な検査法を使うのが主流である。学校の健康診断のような集団検診においてはどのような手順で色覚検査が行なわれ、どのようにしてその人の色覚を「正常」と「異常」に分類しているのであろうか。 現行の色覚検査は、まず健康診断などでスクリーニング検査により色盲の疑いのあるものをふるい分け、その後専門の眼科医による精密検査によってその人が色盲であるかを確定診断するという手順になっている*10。 スクリーニング検査では検査時間が短く高感度に色盲の疑いのある者をふるい分けられる「仮性同色表 (pseudoisochromatic plates) 」が用いられている。仮性同色表には数種類の色をモザイク状に配置して図形 (数字や形) が描かれており、そこに描かれているものを被験者に読ませることで判定を行う。同じ色の点を結ぶと図形が見えるわけだが、色盲の人は異なる色を同じ色と認識してしまう (仮性同色 pseudoisocolor、混同色 confusion color)。図形の形に並べた点のまわりに色盲の人には見分けにくい色の点をちりばめれば、色盲でない人に見える図形が色盲の人には見えなくなる。また色盲でない人には明らかに異なって見えるものの色盲の人に区別できない色を連ねて図形を作れば、その図形は色盲の人の眼には浮き上がるが、色盲でない人にとっては異なる色の点の連なりなので図形には見えない。
何種類かの仮性同色表が知られているが、もっとも一般的なものは石原式色覚検査表 (いわゆる石原表; Ishihara Plates) である (図8)。これは1916年 (大正5年) に石原忍博士が徴兵検査用に開発したもので、現在まで 80年以上の間、世界中で使用されている*11。石原表には、色盲でない人が読めて色盲の人には読めない表だけではなく、色盲の人と色盲でない人で違う数字が読める表 (図8A) や、色盲でない人には読めないが色盲の人には読める表 (図8B) が含まれており、色盲を negative result だけではなく、positive result でもふるい分けることができる。 健康診断で色盲の疑いが指摘された場合は、専門の眼科において精密検査を受ける。健康診断で学校の先生から「お子さんは色盲です」と宣告されたという話を聞くが、仮性同色表によるスクリーニング検査はあくまでも色盲の可能性を指摘するだけであり、色盲を確定診断するものではない。疑わしいものはなるべく検出するように作られているため、仮性同色表で色盲の疑いが指摘されても、眼科で行う精密検査では正常と診断されるケースがあることに注意しなければならない。
精密検査では通常、再び仮性同色表を用いた検査を行ない、そのうえでアノマロスコープ検査とパネル D-15 テストを行う。アノマロスコープ
(anomaloscope) とは、特定の光を用いて簡便な色合わせ法 (等色法) 検査を行うことを目的とした検査器具である (図9)。アノマロスコープを覗くと小さな円が見え、下半分に基準となる
589nm の黄色の光が呈示されており、上半分には 546nm の緑色の光と 671nm の赤い光が重ねて呈示されている。上半分の緑と赤の光の混合比を変化させ、被験者は下半分と同じ黄色になったところで答え、そのときの緑と赤の混合比を調べる。3原色を用いて任意の色の色合わせを行う等色検査に比べ、アノマロスコープでは緑と赤の光のみを用いて、黄色の色合わせのみを行うわけである。蛍光灯の光の下で行う仮性同色表の検査と異なり、この検査では青錐体の関与を十分に減らして緑錐体と赤錐体の機能を調べることができる。第1色盲であれば赤錐体の機能が低下しているぶん、3色型色覚の人に比べ赤い光を緑より多く混ぜないと黄色と同じに見えない。第2色盲ならば逆に緑を赤より多くする必要がある。これによって第1色盲と第2色盲が確定的に診断でき、赤と緑の混合比によって、色盲が強度か軽度かの程度をある程度判定できる。しかし特定の色合わせのみで検査するため、強度の異常
3色型色覚と 2色型色覚の区別は困難である。
パネル D-15 テストとは、色を塗った外径 2cm ほどの 16 枚の円盤 (キャップ) を用いて、1つの基準の色相キャップと 15個の色相キャップを色の似ている順に並べることによって、色盲の程度を「強度の色盲」と「中程度の色盲から正常まで」の 2群に分けるために開発された検査である (図10)。横長の木箱の左端には基準のキャップが固定されており、この基準キャップに最も似ている色から順番に左から並べていく。色盲のタイプによってどの色とどの色が似ているかの感じ方が異なるため、並べ方のパターンを見て色盲のタイプを診断することができる。しかしこの検査で異常が見られなくても色覚正常とは判断できないため、色盲の確定診断および色盲の程度は診断することはできない。 すでにお気付きであろうが、仮性同色表やパネル D-15 テストで異常が出てもアノマロスコープ検査では正常だったり、その逆であることもありえる。赤錐体と緑錐体の機能をもっとも正確に検査できるのはアノマロスコープ検査であり、色盲の確定診断はこの検査で行うことになっている。その結果との矛盾を解消するため、仮性同色表やパネル D-15 テストの検査には擬陽性や擬陰性という判定がある。言い換えれば、アノマロスコープという検査方法とその異常検出の閾値こそが、ある人の色覚を現行の色覚検査で「正常」と「異常」に分類するための境界を規定していると言える。
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細胞工学Vol.21 No.7 2002年7月号[色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション]
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