色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション
 
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第1回 色覚の原理と色盲のメカニズム

1.1 色とは何か?

色とは、物の性質ではなく、我々の眼が受容した光の波長別強度情報をもとに脳が作り出す感覚である。個人差はあるものの、我々は最大で 360nm 〜830nm (古い教科書では 380nm 〜780nm と書いてあるものもある) の範囲の波長の電磁波を光として認識することができる。波長の異なる光は異なる色として知覚される。例えば、540nm の光は緑、580nm は黄色、660nm は赤として認識される。しかしながら、540nm の光と 660nm の光を適当に混ぜると黄色として認識されることから、我々の知覚は光の物理的な性質を区別しているのではない。

眼に入った光は、網膜上の杆体・錐体と呼ばれる視細胞によって捉えられ、神経の活動電位に変換されて、外側膝状体を経て大脳皮質の視覚野へ、さらに連合野へと伝えられていく。脳内では、分光吸収特性の異なる数種類の錐体細胞の出力信号の差が他の知覚や過去に得た経験に基づき調整されて、初めて色として解釈される。色は我々の神経系の中で作り出されているのである。例えば、机の上のリンゴを見るとしよう。光源から発生した光はリンゴに当たり長波長の光のみが反射して眼に入るので、リンゴは赤く見える。蛍光 灯や電球といった異なる波長分布の光を発生する光源の下では、リンゴから眼に届く光の波長分布は著しく異なるにもかかわらず、我々にはリンゴは同じように赤く見える。このような「色の恒常性」の存在は、眼から入った光が脳において調整されてから色として認識されていることを気付かせてくれる。

我々が知覚した色を他人に伝える際には、自分の知覚した色を「色名」に置き換えて表現する。知覚した色に色名を当てはめるには、本来連続した無数の色合いを「赤」「緑」「青」「黄色」などのカテゴリーに分類しなければならない。例えば日本で「青」信号と呼んでいるものが欧米では「緑」と呼ばれたり、明るい茶色のはずの虎が黄色で描かれたりするように、カテゴリー化がその人の育った社会的背景によって変わりうることは想像しやすいが、それ以前に、まずその人の光の認識機構そのものに依存していることに注意すべきである。色認識の出発点である網膜において、光を神経の活動電位に変換する過程に多様性があるのであれば、色のカテゴリー化は必然的に多様化するわけである。そのことを念頭に置かずに他人と色についての情報交換を行うと、互いの情報が正しく伝わらない可能性がある。では、出発点である網膜ではどのように光の波長情報を神経の活動電位に変換しているのであろうか。

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細胞工学Vol.21 No.7 2002年7月号[色覚の多様性と色覚バリアフリーなプレゼンテーション]
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