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細胞記憶プロジェクト・広瀬研究室

特任教授 広瀬 進
shirose @lab
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1.エピジェネティクス制御システムの解明

 高等生物がその生命機能を発揮するには,各器官・組織へ分化した細胞が正常に機能する必要がある.その過程において,各組織構成の基盤となる多能性幹細胞は,それぞれが自己の「遺伝子発現プロファイルの変化」を「記憶」しながらその終末像へと分化してゆく.この細胞の「記憶」が何らかの原因で破綻すれば,生物は生命現象を営む上で甚大な障害に直面する.それゆえ生物はその進化の過程において,この「記憶」を整理し,維持してゆくためのシステムを獲得したものと考えられる.しかしながら,そのシステムが個々の「遺伝子発現プロファイルの変化」をどのようなメカニズムで細胞の「記憶」として整理しているのか,未だ全く理解されていない.これまでの研究においては,「遺伝子発現プロファイル」そのものの研究に多大な労力が費やされてきた.今後はそれらを踏まえて,「遺伝子発現プロファイル」の「変化」を細胞がどのように「記憶」するのか,ということを明らかにする必要がある.何故なら,誤った細胞記憶の修正や操作の方法を確立して今後の医学・医療へ応用するためには,細胞の記憶メカニズムの理解が必要不可欠だからである(図1参照).
 多細胞生物の各細胞における個々の遺伝子発現パターン(細胞記憶)の差異は細胞分裂を経て安定に維持され,また分裂停止後もその記憶は長期に渡り維持される必要がある.これらの生命現象はヒトに至るまで共通であり,最近ではこれを「エピジェネティクス」と総称するようになった.私達の研究室では,遺伝学のバックグラウンドが豊富なショウジョウバエを用いてPosition Effect Variegation (PEV)やHox 遺伝子群の発現制御に関わる因子群(ポリコーム群[PcG]/トリソラックス群[trxG]・GAGA-FACT複合体・RSF複合体・非コードRNA)を分子レベルで解析することで,このエピジェネティクス制御システムを解明することを目標としている(図2図3参照).


2.DNA supercoiling factor (SCF)とSPT6の生物学的役割

 DNA鎖への負の超らせんの導入はRNAポリメラーゼIIによる転写に対して促進的に働く.私達はトポイソメラーゼIIと共役してDNAに負の超らせんを導入する超らせん化因子 (SCF)を同定し,さらにこのSCFがショウジョウバエX染色体の量的補正に関わることを見出した.また,転写伸長因子SPT6はRNAポリメラーゼIIによる転写に伴って変換されたクロマチン構造のデフォルトへの復帰に関わると考えられる.私達はSPT6の多細胞生物における役割について解析している.


3.原腸陥入における細胞運動の協調性のメカニズム

 発生過程における生物の形作りは,細胞の増殖とともに,細胞の移動や形態変化によって,成し遂げられる.この時,個々の細胞が無秩序に変化するのではなく,細胞集団全体が協調的に変化しなければ,正しい形を作ることはできない.原腸陥入は,動物発生に共通の現象であり,細胞集団がダイナミックに移動する過程である.私達は,ショウジョウバエの原腸陥入をモデルに,協調的な細胞運動を制御するメカニズムを研究している.特に,ヘテロ3量体G蛋白質に注目し,細胞運動における役割とシグナル伝達機構を調べている(図4参照).



図1 エピジェネティクス研究における今後の課題

 エピジェネティクス制御システムにより構築される細胞記憶の本体は,ヌクレオソームの化学修飾を基本媒体とし,それに特異的に相互作用する因子群によって安定に形成・維持される局所クロマチン構造である.図中のQ1〜3は,エピジェネティクス研究において特にそのメカニズムを解明すべき点である.

図1 エピジェネティクス研究における今後の課題



図2 Position Effect Variegation (PEV)のモデル

GAGA-FACT複合体はクロマチンのリモデリングを誘導し,抑制性クロマチンの侵攻から活性クロマチンを守るバリアーとなる.一方,RSFは規則正しく並んだヌクレオソームを構築し,コンパクトな抑制性クロマチンの形成を促進する.バリアーが働いた細胞群とそれが決壊した細胞群が班入り状態となり,このパターンがその後の発生過程において記憶・維持されることになる. 図2 Position Effect Variegation (PEV)のモデル



図3 Hox 遺伝子座における遺伝子発現パターンの刷り込み

 高等生物の「からだの形づくり」を制御するHox 遺伝子群の発現パターンは,細胞分裂を経て安定に維持されており,エピジェネティクス制御を受ける典型例として知られている.実際にこの制御メカニズムを担うのがポリコーム群(PcG)とトリソラックス群(trxG)の遺伝子産物である.PcG/trxGはショウジョウバエからヒトに至るまで保存されており,特にヒトでは癌の発生や悪性化,免疫系の異常,再生医学への関連から近年注目を集めている.某大な量の遺伝学的解析の結果,Hox 遺伝子発現の活性化状態の維持にはtrxG の遺伝子産物が,抑制状態の維持にはPcG の遺伝子産物が関与していることが現在ではわかっている.また,これら遺伝子産物は標的遺伝子の制御領域内に存在するPcG/trxG 応答領域(PRE/TRE)において拮抗的に作用することで,標的遺伝子のON/OFFを調節・記憶しているとされる.

図3 Hox遺伝子座における遺伝子発現パターンの刷り込み



図4 ショウジョウバエ胚の原腸陥入

図4 ショウジョウバエ胚の原腸陥入

協調した細胞運動によって,直線状の溝が形成される.



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広瀬 進
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