はじめに
「光線に色はない。光線は色の感覚を起こさせる性質があるに過ぎない。」と言ったのはニュートンである。色が光の波長成分をもとにして神経系で合成された感覚である限り、その感覚には遺伝学的背景に依存して個人差が生じる。日本人の多くを占める黄色人では男性の約
5%( 20人に 1人) が、また白人男性の約 8%、黒人男性の 4%が、赤や緑の混じった特定の範囲の色について差を感じにくいという色覚特性を持っている。日本人女性でも約
0.2% (500人に 1人)が、同様の色覚特性を持つ。これは日本全体では男性の約 300万人、女性の約 12万人に相当する。「色覚異常」「色覚障害」とも呼ばれるこの色覚特性は、以前は「赤緑色盲」もしくは単に「色盲」ないし「色弱」と呼ばれていた*1。これは世界的に見れば
AB型の血液型の頻度に匹敵するほど多い遺伝的多型 (ポリモルフィズム) であるが、その頻度の高さはあまり知られていない。一方でメディアの発達により、最近では学術分野でもカラーのスライドによるプレゼンテーションや学術雑誌のカラー図版が増加し、使用している色そのものに重要な情報が含まれているケースが多くなった。色盲の聴衆や読者は、このようなカラフルなプレゼンテーションから十分な情報を得ることができているのであろうか。色盲の人を含むすべての人に理解しやすいプレゼンテーションを行うことは、発表者の利益になる。投稿した論文が白人男性
3人の査読者によって審査された場合、色盲の査読者に審査される可能性は 22%にもなる。
今月から 3回に分けて、ヒトの色覚の多様性について概説し、多様な色覚に対応した「色覚バリアフリープレゼンテーション」の方法を紹介する。第1回は、ヒトにおける基本的な色覚の原理と色盲が生じるメカニズム、色盲の分子遺伝学に関して概説する。第2回では、赤緑色盲や全色盲のような先天的な色覚特性だけでなく、老化によって誰にでも発症する可能性のある白内障における後天色覚異常などを含めて、これらの人たちがどのような色の世界にいるのかについて考えてみたい。そして最終回では、色盲の人を含むすべての人に十分に内容を理解してもらうためには、論文やスライド、ポスター、ホームページにはどのような色使いの図版が適当なのか、また学会発表さらには講義や授業においてはどのような工夫をする必要があるのかについて紹介する。
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